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ラルト RH6 ホンダ



ラルト(RALT:Ron and Austin Lewis Tauranac)
1950年代、オーストラリア出身のロン・トーラナックは弟とともにシャシーを製作を開始。
ふたりの名前の頭文字からラルト(RALT:Ron and Austin Lewis Tauranac)と命名された。

1961年、同郷のジャック・ブラバムとともにモーター・レーシング・ディベロップメント社(ブラバム)を設立。
共同オーナー兼チーフデザイナーとして活躍した。
1970年のジャック・ブラバムの引退を機にチーム運営を任されたが、1972年にバーニー・エクレストンにチームを売却した。
フランク・ウイリアムズのF1プロジェクト等に関わった後、1974年にガレージを設立し、ラルトのマシン名でF2やF3、フォーミュラ・アトランティック用のシャシーを開発・製造した。

1980年にホンダがF2へのエンジン供給を再開した際には、ブラバムのエンジニア時代にホンダの川本信彦らと一緒に仕事をしていたことがあったことからワークス・チームとなる。
ナイジェル・マンセルを起用してデビューした後、1981年にはラルトRH6を駆るジェフ・リースがヨーロッパF2のシリーズチャンピオン、1983年にはジョナサン・パーマー、1984年にはマイク・サックウェルがシリーズチャンピオンを獲得した。

RALT-RH-6-2.jpg

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RALT-RH-6-4.jpg

しかし、徐々にホンダ側がラルトに不満を抱えるようになり、1982年にマーチから主力エンジニアを引き抜いてスピリットを設立させたことで、ラルトの関係が薄れていくことになる。
その後、ローラやレイナードが台頭してきたことで経営が悪化、ラルトはマーチの傘下に入ったもののマーチ自体がレイトンハウスに買収され、バブル崩壊とともに消滅した。

以後、アメリカのフォーミュラ・アトランティックシリーズ用のワンメイクシャシー、F3用シャシーの開発などが行われたが、2003年以降にニューシャシーの製造は行われていない。





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さいとう

Driver : さいとう
1970年代中盤以降のF1やモデルカーコレクションを中心に
日常のことや音楽・映画・アニメなども



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